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最高裁判所第二小法廷 昭和49年(あ)2167号 決定

本籍

宮城県名取市閑上字町一四六番地

住居

同 仙台市大梶一七番一号

会社役員

伊藤敬

昭和五年五月一〇日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭年四九年九月一二日仙台高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から上告の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人佐藤正明の上告趣意第一点は、原審において主張、判断を経ていない事項について憲法一四条違反を主張するものであり、同第二点は、懲刑不当の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 吉田豊 裁判官 小川信雄 裁判官 大塚喜一郎)

昭和四九年(あ)第二一六七号

被告人 伊藤敬

弁護人佐藤正明の上告趣意(昭和四九年一一月二〇日付)

第一点、原判決は憲法第一四条の法の下の平等に違反し、その違反が判決に影響を及ぼすことが明らかであり、原判決は破棄されなければならない。

被告人の所為は第一審判決認定のごとく昭和四五年分金五五四万二、七〇〇円昭和四六年分三四七万八、八〇〇円計金九〇二万一、五〇〇円の所得税を免れたというものであるが、被告人の以下のごとき事情を考慮するならば、検察官は被告人をして起訴猶予の処分に付するのを相当とすべきにもかかわらずその訴追裁量権の限界を越脱して憲法第一四条に違反する不適法な起訴をなし、第一審判決および原判決はこれを肯認し、よって右憲法第一四条に違反するにいたったものである。

すなわち第一に被告人は昭和四五年分および同四六年分の所得税につき修正申告をなし免れた税額を全額納付の上、その延滞税も全額納付し、さらに加えて、昭和四四年分所得についても修正申告の上、不足税金および延滞税を納付して、市民・県民税の不足額も納付して、その全税金を完納しているものである。

第二に、被告人は税務署の調査を卒直に認め、更に之を免れる工作をしておらず、修正申告もなし、その不足額及び延滞税も右のごとく完納しており、しかもその所得税額が、九〇二万一、五〇〇円であって、従前税務署において一、五〇〇万円以下の脱税について、とくにその悪質性がなければ、国税局は告発していない例よりみて、本件国税庁の告発は、その裁量権を越脱したものであった。

第三に、被告人の本件違反の動機も、被告人の家族(両親、妻、子供三人)が多く、身体が資本の職業柄(鮮魚商)、将来の生活資金、不測の事故による出費に備えたものである。

被告人は魚の卸小売りのため午前二時に起床して働きづめに働き、ようやくにして店を構え、何とか生活の目途はついてきたものの、身体が資本の特殊業務であり、会社形態はとっても個人会社がその実態であり、以前被告人の稼働に負うところ大であった。

このような被告人が、自分の体、業積の将来への不安があって、家族の生活資金を貯えた本件事件はその動機において被告を宥恕すべき事情の存するものである。

第四に、すでに被告人はその社会的制裁を受けており、あえて刑罰を課して制裁を加える合理的理由をみい出しえない。すなわち被告人は仲卸業者になるため、許可申請をなしたが、本件違反のため昭和四八年七月五日不許可となり、二六年間魚屋として生きてきた被告人に対する精神的打撃として、極めて甚大なものであった。

さらに結果犯としての脱税犯たる本件については、前記のごとき延滞税として、金二〇三万六、七〇〇円を納付して、行政的制裁も受けているものである。

第五に、被告人の性格も、まじめ一本槍に家族の全生活をこれまで維持してきたものであり、再犯のおそれなく、健全な経営をやっていける会社組織をもつものである。

以上のような諸般の事情を考慮するならば、被告人に対する本件起訴は、他の例にない差別的起訴という他なく、形式的な手続において過誤なかりとするも、その実質において、被告人に対しては、他の者、他の例とも比較して、法の下の平等に反する憲法第一四条違反の公訴権濫用の起訴というべく、その公訴は棄却さるべきものである。

第二点、原判決の刑の量刑が甚しく不当であって、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める事由がある。

第一、判決および原審は被告人に対し、懲役四月及び罰金二〇〇万円に処し、二年間右懲役刑の執行を猶予する旨の言渡をなしたのであるが、前記第一点において主張した事実に照らし考えれば、この刑の量定は著しく重きに失し、正義の理念に反するものといわなければならない。

すでに精神的・社会的に多大の制裁を受けその改悛の情の顕著である被告人に対しては、その経済的基盤をあやうくし、昨今の不況の下で零細な被告人の企業に対し、国家の手により倒産の危険にもさらしかねない。二〇〇万円の罰金刑に対しても、是非とも執行猶予の判決を賜りたい。

以上

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